遠藤文庫

定期連載「雪の彫刻たち」その9
2002.01.10

今日のBGM「A Day in the Life」The Beatles

すでにステージでは、ベースのタハラとドラムのサワモトが一定のリズムを刻んでいた。「タカタカタカタカ…」「ボーン」どこが頭かわからない不安定なリズムだ。ステージに出ていった俺は、キーボードに手をかけた。「よし、はじめるか。」これもまた、一定のコードを鳴らし始めた。そこに、キリハラが入ってくる。立てかけていたギターを肩に掛け、これで面子はステージに全員揃った。キリハラもギターのコードをかき鳴らす。3分くらい同じリフを繰り返した。みんな黙々と弾いている。

そのあとは、リズムは止まり、キリハラと俺のインプロのパートだ。インプロといっても、俺がその場で考えたコード進行に、キリハラが即興でメロディーをつけ、歌うというものだ。こんなことは生まれて初めてのことだった。考えられる限りのコードをキリハラにぶつけた。キリハラもそれに呼応して美しいメロディーラインを歌った。「すげえ!」心の中でワクワクしながらコードを叩き続けた。

そして、デモにもあった、主題の部分に入った。構成がきちんとある部分なので、メンバーそれぞれが安心して弾いている。途中間奏の部分、後に伝説となる、「キリハラ、たった2音ソロ」を終え、最後のサビの部分へ。キリハラが「さよなら」を絶叫し、意味不明の英語を絶叫し、終わった。

そしてまた、最初の部分へもどり、不安定なリズムを刻む中、キリハラ、俺、タハラの順にステージを去っていく。サワモトのリズムが「タタタンッ!」と切れると同時に、曲が終わった。場内は少しの間しーんと静まり返っていた。そして、ぱらぱらと拍手が沸き起こり、場内は歓声に包まれた。目の前で起こったことに、あっけにとられていた観客達は、「なにがなんだかわからないけど、すごい!」という気分に包まれていた。あとでみんなに聞いてみても、「よかった」という感想をすべての人たちが口にした。

こうして俺たちのファーストステージは幕を閉じた。キリハラは「ギターの音、ステレオで出してもらって、いい気分だった。」と、観客達の評価など気づかない様子だった。ステージそでで、また、堅い握手を交わした俺たちは、大きい満足感を抱きながら、K市民会館をあとにした。

このステージで、俺はミュージシャンとしての覚醒を感じることができた。それは、キリハラも同じだろう。すべての始まりは、このライブにあるのだった。そして、ここから始まる、物語の数々を俺たちは想像できるわけがなかった。

(第一部完)

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