遠藤文庫

定期連載「雪の彫刻たち」その6
2002.01.07

今日のBGM「ヨーコ分解」パール兄弟

「あ、わりいけどさ、キーボード、練習と本番で貸してくれる?」「いいですよ、私のでよかったら。どうぞどうぞ。」「わりっ!恩に着るぜ。」今日はキリハラと組んだバンドの最初にして最後の練習の日。俺は自分のキーボードを持っていなかったので、後輩の女の子に借りることにした。「借りもんのキーボードで参加かよ…。すげえな俺も。」

キリハラとは、バンド参加の話をされてから今日まで一度も会っていない。あの日、キリハラが自分で録ったデモテープと簡単なコード譜を渡されただけだ。そのデモテープにはボーカルすら入っていなかった。一応家ではカシオトーンを使って構成の確認とコードの色づけはしておいたが、バンドで音を出したとき、いったいどうなるのか見当もつかなかった。それに、そのデモテープの1曲は、他に複数存在するパターンの中の一部だという話を聞かされていたものだから、なおさら不安になった。

普通バンドの演奏会といえば、5曲か6曲くらいを、MCやメンバー紹介をはさみながらやるものだが、それもないという。曲間もなく、1曲を20分間で行うという構想をどうもキリハラは持っているようだ。しかし、全体像が俺には全然見えてこなかった。見えているのはきっとキリハラ一人だけなのだろう。

そろそろ練習の時間が近づいてきた。俺は不安と希望の一緒くたになった複雑な気持ちを抱えながら、いつもの練習場に向かった。風はいつもより一層強く俺の顔に吹き付けた。冬の気配があたり一面に漂っていた。

・・・つづく

​ ​