折原文庫

東京クールスファイブ物語(第15回)
2002.01.24

第十五回~伝説のバンド、オンステージ!! その5~

アンコール!
アンコール!
アンコール!

会場全体がオレたちの音楽を求めていた。メンバーにはそれが社交辞令や慣習の類からくる声ではないことがわかった。しかし、それは思ってもいなかった状況だった。今回の趣旨がパーティーバンドだと聞いた時からメンバーの誰一人としてアンコールが来ることなど想像もしていなかったのだ。

繰り返されるコールと手拍子の中、一旦楽器を置いたメンバーたちが少々戸惑った表情でドラムのまわりに集まる。どうする?曲はあった。「フットルース」も「BORN TO BE WILD」も「TOKIO」も「フレンズ」も今日は演奏していなかった。まず口をひらいたのはリーダーだ。

「ヤングマンもう一回やろうぜ。」

え?えーっ!? 多分みんなひいた。そ、それはカッコ悪いんじゃないの?あまりにも。冗談かと思って見るとリーダーはあくまでマジ顔だ。まあ、確かにさっき盛り上がったけど……。誰かが言った。

「いいんじゃない?」

う、うん、ま、まあそうだよな。クリスマスだもんな。早く曲始めないといけないしな。みんながいいって言うならな。みんなでやれば怖くないよな。と、まあそれぞれの心の中における高度な取引が行われた結果、ヤングマンをやることになった。バンドがふたたび楽器を手にすると歓声があがった。

遠藤さんのカウントで演奏が始まる。サトーさんが弾くブラスの印象的なフレーズが高らかに鳴り響くと会場からさっきよりひとまわり大きな歓声があがり、リズムに合わせてダンス大会が始まった。みんなそんなにヤングマンが好きなのか!? 2回目でもいいのか!? オレはさっきの心配も忘れ、楽しいと嬉しいといろんな思いがごっちゃになった不思議な気持ちが沸き上がってきて、背筋がゾクっとした。

冒頭の歌詞を少しばかり歌うと、リーダーが会場に向かって手招きをした。アンコールの間に一番前に移動してきていた2人組の若い外国人のひとりが、それに応じて前に進むと、おもむろにリーダーのマイクを奪って英語でヤングマン(この場合は正確にはYMCA)を歌い出した!それが引き金となって聴衆が前に押し寄せる!!!

至近距離で騒ぎ踊りまくる人々と、知らない外国人がメインボーカルになってしまった東京クールスファイブというこの状況を、メンバーは演奏しながら顔を見合わせて笑った。ハジけまくる長野のビレッジピープルのヤングマン(若人)たち。始まる前には誰ひとりとして想像し得なかったすさまじいクリスマスパーティーがいまそこにあった!!

そして大盛り上がりの中エンディングを迎える。割れんばかりの拍手と声!声!声!

ちょっとだけ歌ってやめるだろうと思っていたのに、最後までマイクを離そうとしなかった外国人は、当然演奏のエンディングを知らなかったので、演奏が終わってもしばらく歌っていたのが気の毒でありました。

「ありがとう!」

何はともあれ、リーダーの一言で本当にライブが終了した。

メンバーも会場も満足していた。もうアンコールは必要ない。楽器を置き、拍手の体育館からそそくさと退場するメンバー。控室に続く静まる無人の通路に出たところで、メンバーみんなで顔を見合わせて笑う。拍手が遠くなる。冷たい空気にあたると汗がひんやりした。

みんなの身体の芯に残る熱は、まだしばらく引きそうになかった。

(つづく)

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