折原文庫

東京クールスファイブ物語(第8回)
2002.01.03

第八回~あんた泣いてんのね~

クリスマスパーティーはもう始まっていた。体育館のフロアにごったがえす若者たち。今日のパーティーはこの町の青年だけに限らず、近辺の者や、この町で働いている者など様々だと言う。実行委員の用意していたいろいろな食事と、BGM、うわさ話とクリスマスの挨拶がかわされるこのフロアは熱気につつまれていた。

出番まで時間があるので、若者たちに混じってぶらぶらするオレたち。しかし知り合いがいるわけでもないため、これと言ってすることもないので、盛り上がる地元のみなさんをしり目に個人行動へ移ることとした。

この後ほかのメンバーがどうしていたかオレは知らないのだが、オレはひととおり体育館と集う人間ぶらぶらウォッチングしてまわった。しばらくすると地元のバンド演奏が始まった。そう、今日出演のバンドは東京クールスファイブだけではない。地元の猛者たちがこの日のために結成したというバンドも出ることになっていたのだ。

ひとしきり聞いたところ、かなり演奏が上手いことがわかった。何となくフュージョン出身者の集まりのようなバンドだなーと思った。演奏していたのは彼等のオリジナルらしく、知っている曲はなかった。聴衆もオレと同じような印象を受けていたようで、演奏は上手いのだが、盛り上がってはいなかった。ただ、最後に演ったミスチルの曲だけはみんな大喜びして聞いていた。

このバンドを迎える聴衆の雰囲気から察して、今日のオレらのライブも結構苦戦するであろうことが想像された。しかもオレらの場合さっきのバンドより明らかに演奏がヘタだ。一応プロだというのに。さらに選曲にも疑問がわいた。やっぱ最近のヒット曲とかがよかったんではないのか…と、考えても仕方が無いので、そのへんでやめておいた。

バンドが終わるころ、つけていたコンタクトレンズがずれてきたので、控室に戻ることにした。控室には誰もいなかった。メンバーのみんなはまだ体育館だろうか。オレはひとりコンタクトをはずし、濡らして再度入れようと試みたのだが、なかなか上手く入らないので、しばらくすると目がまっ赤になった。そのまま数分間コンタクトと格闘していると、控室のドアが空いた。

「あ、オリいたんだ。」

そう言いながらPさんが入ってきたが、またすぐ出ていってしまった。

実はこの時のことをずっと経ってからPさんに聞いたのだが、Pさんは「オリが泣いてる!」と思ったらしく、しかもこのちょっと前に見たときは全然泣くようなシチュエーションになかったから、みんなと別れてからなんかあったのか?とか、オリも神経質なところあるからなぁとか、みんなに言うべきかなどなど、いろいろ思いを巡らせたらしい。

オレはそんなPさんの複雑な心情など全く知る由も無く、なんとかコンタクトを入れ直すことに成功すると、また体育館へと向かったのである。

(つづく)

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