折原文庫

先日電車に乗ったときの話。
2004.06.11

事件は降りる時に起こった。オレの前には女の人がいて、その人が降りようとした時にうっかりカカトを踏んでしまった。まあこのような事は東京に住んでいればよく起こりうることで、踏んでも踏まれても多くの人はあまり気にかけないものだ。そんな慣習法をふまえていたオレは、その人の後ろ姿に向かって

「あ、すいません。」

と言った。普通ならこれで、ハイそれまでよ、まあよくあることさ気にかけんな的な雰囲気が漂うものだが、その人は違った。

普通に歩いていた後ろ姿は、ちょっとはずれかけたヒールをなおすやいなや、分りやすくぶっきらぼう(ちょっとガニ股ぎみに)になり、2、3歩あるいたところでいきなり振り返った。

その眼は怒りに燃え、キッとオレをにらむ。25歳前後、髪は長めで肌は地黒。ハッキリ言って美人ではない。その怒りを感じ取ったオレは、もう一度謝ろうと思い、

「あ、すみ…」

まで出るが早いか、彼女は無言でまた前にクルっと向き直り、すぐ隣にあった柱に持っていたカバンをバンッとぶつけたのだ。あまりにも分りやすい怒りの表現。しかも明らかにオレに対してのイラ立ちのメッセージ。

相手が男ならオイ、チョット待てコラ状態に陥るところだが、相手は女性である。なんだコイツと思いながらグッと握りこぶしに力をこめるだけのオレだった。

それにしてもあまりにもこの態度はヒドイではないか。オレはそれほどまでにヒドイ事を彼女にしてしまったのであろうか?それとも彼女は生まれてこの方、誰かにカカトを踏まれたことなど一度もなかったのだろうか?そして人のカカトを踏んだことなどないような、クリーンな人生を歩んできたというのだろうか?それともすみませんの一言ではなく、その場で土下座でもして、自分のカカトを差し出し、「どうぞ、お踏みになってください女王様!」とでもするのが正しかったというのだろうか?

ああ世の中いろんな人がいるな。正しいことは難しい。

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