折原文庫

「風note」のはじまり(最終回)
2001.11.07

第四回~「風景観察官と夕焼け」後編~

「NIRVANA(UK)のようなのってスノモーに合うと思うんだよね」

そう言ったのはポリスターの篠原さんだった。アメリカではなく、イギリスのニルバーナはソフトロックの系譜でも語られることもあるが、そのコンセプチュアルなアプローチは「サイケデリック」とも言われている60年代のユニットである。その頃のオレらのフェイバリットはビーチボーイズの「ペットサウンズ」や「スマイル」、ビートルズの「サージェントペッパー」や「マジカルミステリーツアー」などだったから、方向としてはいいと思った。

ちょうど読み返していた本に「宮沢賢治フィールドノート」(林由起夫著)という本がある。宮沢賢治とスノーモービルズについては、またいつか改めて書きたいと思うが、その本の中に賢治の書いた詩の引用があり、「風景観察官」という言葉があった。賢治の詩の中ではほんの少ししか表現されていないその言葉が、オレの中で大きくなっていった。

オレはボツになっていた曲の中でも、自分たちが気に入っていて、美しいメロディーを持っていると思った数曲に歌詞をつけてみた。スノモーの曲はいつもそうだが、詞が付くと急にスノモーらしくなる。特にサウンドスケッチを連結させた「新曲#1」というとんでもなくふざけた曲は、突然魂が入ったようにユーモラスでドラマチックになった。それからその時点で一番新しく、気に入っている2曲と、さらに古いいくつかの曲にも詞をつけたりしたが、どれも新しい輝きを放っていた。

始まったレコーディングに相変わらずサウンドコンセプトは見えなかったが、明らかに歌詞がサウンドを引っ張っていた。だからオレたちはその風景に流れているBGMを的確に表現しようと心がけた。まさにストーリーテラーということだ。そしてオレらは今までの抑圧で抑えられていたものが噴出したかのように無駄なアイデアも盛り込み、コーラスもさらに増やし、どんどんとっ散らかすことの楽しみを知った。おかしな音楽を作っている実感があり、手の届かなかった何かに近づいているような妙な感覚があった。

レコーディングも終わって曲が出揃い、今度はシングルに入れるべき3曲の選定が始まった。最後まで争ったのは「風景観察官と夕焼け」と「雨降りの木の下」(当時のバージョン)だったが、オレの意向を汲んでもらって最終的な3曲が決定した。
「このシングルはすごくいいと思うんですけど、ラジオで全部聞かせるように営業するのは難しいです。その点は了解してもらえますよね?」
そうポリスターのスタッフが言ったので、みんなで笑った。

このシングルの後、オレらはさらにこの世界観を推し進めたアルバムの制作に取り掛かったのだが、ポリスターからのリリースが未確定になったため一旦頓挫した。そしてそのやりかけのアルバムはシンクシンクでのリリースに向けて再仕切りされることになるのだが、思っていた以上にその道は困難を極めた。そしてこの後に登場する意外な人物がその全てを変えることになるが、その話はもうすこし先にしよう。

(第一部 完)

■あとがき
この四回の連載でオレが書いたのは、まさに「風note」前夜の風景だ。オレらはここからスタートした。3rdアルバムにつながるいくつもの種はこの時すでに蒔かれている。見ようによってはずいぶんサンタンたる有様と思われるかもしれないが、スノーモービルズはこの時リリースされた計8曲をとても愛している。ちょっと短いかもしれないが、うまく並べれば捨て曲のない良いアルバムになっていると思う。存在しないそのアルバムを聴きながら、もう少しばかり「風note」の登場を待っていただきたい。

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